イベントレポート
CES2024→CES2026→Hannover Messe2026で何が変わるのか?シーメンスが語る「インダストリアルAI革命」の実像

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本レポートは、キャディ株式会社が現地取材および公開情報(シーメンス公式プレスリリース・CES2026公式発表資料)をもとに独自に編集・制作したものです。シーメンス社およびレポート内に登場する各社との提携・協業関係を示すものではありません。
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2026年4月20日、Hannover Messe 2026が開幕した。製造業の世界最大見本市に、シーメンス、ダッソー・システムズをはじめとするインダストリアルテックの巨人たちが集まり、「AIが工場をどう変えるか」の最新事例を競い合うように披露する。
その画期となったのが、今年1月にラスベガスで開催されたCES2026だ。参加者14.8万人・出展4,100社・161カ国という規模(前年比40%増)で開かれたこの見本市で、シーメンスのローランド・ブッシュCEOはオープニング基調講演のステージに立ち、「インダストリアルAIが産業構造を再構築する」と宣言した。
この記事では、ブッシュ氏が2024年にも行ったCES基調講演からの変遷を振り返りながら、CES2026で示された産業AIの現在地と、Hannover Messe 2026への展開を読み解く。技術の華やかな発表の裏側で、日本の製造業にとっての本質的な問いを浮き彫りにしたい。
目次
CES2024:「インダストリアルメタバース」を掲げる
2024年1月、ラスベガスのステージに立ったブッシュ氏はこう宣言した。「私たちは、現実世界とほとんど区別がつかない仮想世界を構築している」。
テーマは「インダストリアルメタバース」。デジタルツインを中核に、XR(クロスリアリティ)技術を掛け合わせることで、設計者やエンジニアがまるでその場にいるかのように仮想空間を体験・操作できる世界を描いた。
ソニーとの共同開発HMD「NX Immersive Designer」は象徴的な発表だった。レンズを上にかざすだけで物理空間と仮想空間をシームレスに行き来できるバイザー型デバイスは、CADとVRの融合を現実のものにした。
CES2024のメッセージを一言で言えば「見える化・体験フェーズの到達点」だ。デジタルツインは概念から実体に変わりつつあった。しかしAIはあくまで「体験を豊かにするツール」の域を出ていなかった。

CES2024では「インダストリアルメタバース」を掲げていた(出典:シーメンス)
CES2026:AIが「フィーチャー」から「フォース」に変わった
2年後の2026年1月、ブッシュ氏は再びCESのステージに立った。今回のテーマは「インダストリアルAI革命」。冒頭のメッセージは明快だった。
「AIは、電気のように、この世紀の汎用技術になる」
電気が産業革命以降の150年をかけて社会を変革したように、AIはわずか7年以内にあらゆるシステムに組み込まれるとブッシュ氏は言った。しかし2024年との決定的な違いがある。AIはもはや「フィーチャー(機能)」ではなく「フォース(力)」になったというのだ。
CES2026全体を俯瞰するアナリストたちも同様の変化を指摘している。今回のCESを象徴するキーワードとして「DX→IX(Intelligence Transformation)」というフレームが提唱された。デジタルによる変革(DX)の時代から、インテリジェンスが社会に直接作用し再定義する変革(IX)の時代への転換だ。
2024年のAIは体験を豊かにし、推奨を生成し、可視化を助けた。2026年のAIは工場の機械を動かし、プロセスを自律制御し、物理世界に直接介入する。この変化をブッシュ氏は「フィジカルAI」と呼んだ。「推奨するだけでなく、実際に行動するAI」、つまりセンサーが状態を検知し、AIが最適な指令を判断し、機械がその通りに動き、結果がまたフィードバックされる。このクローズドループが止まることなく回り続けることで、工場は「自律的に学習・最適化する生き物」へと変貌する。
新製品「デジタルツイン・コンポーザー」と実証事例
フィジカルAIの思想を体現する新製品として発表されたのが「デジタルツイン・コンポーザー」だ。任意の製品・工場・プロセスのデジタルツインをリアルタイムで構築し、現実のセンサーデータと接続して即座にフィードバックを返すことができる。設計変更がシミュレーション上で即座に検証され、承認されれば実設備に反映され、物理的な試作や停止を最小化しながら、継続的に工場を改善し続けることが可能になるという。
PepsiCoでの導入事例は、その効果を雄弁に語る。デジタルツイン・コンポーザーを活用した結果、わずか3ヶ月で生産効率が20%向上した。従来であれば設備改善に数ヶ月の停止期間と多大なコストを要していたものが、デジタルツイン上で仮説検証を繰り返すことで、物理的な工場建設前に設計・最適化を完結できた。
物流大手のKIONとの取り組みも興味深い。デジタルツインとAIを組み合わせることで、サプライチェーンの最適化サイクルを「年単位から月単位」へと大幅に短縮することに成功した。変化する需要や供給制約に対してより素早く対応できる体制が整いつつある。
NVIDIAとの協業:計算基盤の革新
フィジカルAIの実現を支えるのが、NVIDIAとの深化するパートナーシップだ。CES2026では、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOがステージに立ち、最新GPU「VERA Rubin」を発表した。220兆個のトランジスタ、240キロワットの消費電力、重量2トン。スペックだけ聞けば圧倒される規模だが、このGPUがシーメンスのソフトウェアスタックと組み合わさることで何が起きるかが重要だ。
シーメンスのEDA(電子設計自動化)ツールは、NVIDIA GPUとの統合によって最大100倍の高速化を実現した。さらに100万倍のスケーリングが可能になるという。シミュレーションソフト「Simcenter」もCUDAで完全加速化された。目指すのは「AIが生成したEDAデザインを人間のデザイナーが協働でレビューする世界」であり、これは設計リードタイムの根本的な短縮を意味する。電子機器・半導体の設計プロセスがこれほど劇的に変われば、最終製品の開発スピードも連鎖的に加速する。
Foxconnとのパートナーシップでは、AIスーパーコンピュータの製造拠点としての役割を担う。「AIを動かすインフラを作る工場」そのものを、デジタルツインとAIで最適化するという、ある意味でAIが自己増殖的に広がる構造が生まれつつある。

NVIDIAとの協業を発表し、同社のジェンスン・フアンCEOと握手を交わすブッシュCEO
インダストリアルAIの土台となるパートナーエコシステムを形成
ブッシュ氏がAIを「電気」と例えるのは単なる比喩ではない。電気が普及した理由の一つは、既存の産業インフラ(機械・工場・配電網)とシームレスに統合できたからだ。同様に、産業AIが本当に「汎用技術」になるためには、現場の機械・プロセス・データと深く統合されている必要がある。
そこで、同社が重視し注力するのが「パートナーエコシステム」の形成だ。AWS・Microsoft・NVIDIAといったクラウド・GPU基盤のリーダーとの連携に加え、4,000以上の認定パートナーを持つSiemens Xceleratorマーケットプレイスが、産業AIの実装をスケールさせる土台になっている。
「ハルシネーションは受け入れ不可」。産業AIに課される信頼性要件
フィジカルAIの思想を体現する新製品として発表されたのが「デジタルツイン・コンポーザー」だ。任意の製品・工場・プロセスのデジタルツインをリアルタイムで構築し、現実のセンサーデータと接続して即座にフィードバックを返すことができる。設計変更がシミュレーション上で即座に検証され、承認されれば実設備に反映され、物理的な試作や停止を最小化しながら、継続的に工場を改善し続けることが可能になるという。
PepsiCoでの導入事例は、その効果を雄弁に語る。デジタルツイン・コンポーザーを活用した結果、わずか3ヶ月で生産効率が20%向上した。従来であれば設備改善に数ヶ月の停止期間と多大なコストを要していたものが、デジタルツイン上で仮説検証を繰り返すことで、物理的な工場建設前に設計・最適化を完結できた。
物流大手のKIONとの取り組みも興味深い。デジタルツインとAIを組み合わせることで、サプライチェーンの最適化サイクルを「年単位から月単位」へと大幅に短縮することに成功した。変化する需要や供給制約に対してより素早く対応できる体制が整いつつある。
Hannover Messe2026:「実装フェーズ」の幕開け
CES2026から約3ヶ月、Hannover Messeでシーメンスが示すのは、言葉だけでなく動く展示だ。
今年のテーマは「Physical AI from Pop-up Factories」。シューズ製造ラインを模したデモでは、AI対応ロボットが複雑なハンドリング作業を自律実行し、センサーデータをリアルタイムでフィードバックしながら自己最適化する。センサー→AI推奨→制御→最適化が止まることなく循環する「クローズドループ制御」の実装例だ。
もう一つの目玉が、テーマにもある「ポップアップファクトリー」モデルだ。需要地に近い小規模・モジュール式の工場を展開し、全プロセスをデジタルツインで仮想設計・検証してから立ち上げる。新飲料のレシピ開発からパッケージングまでをシミュレーション上で完結し、物理的な試作なしに市場投入するシナリオが実演される。
サプライズは、Salesforceとの新たなパートナーシップだ。このほど、シーメンスのPLM(製品ライフサイクル管理)プラットフォーム「Teamcenter SLM」をSalesforceのCRMと統合する「Teamcenter SLM for Salesforce」が発表された。
この統合の意味は大きい。これまで設計部門のPLMと営業部門のCRMは「壁」で分断されていた。統合後は、サービス担当者が3Dデジタルツインにアクセスしながら顧客対応でき、機械の稼働パターンから予測メンテナンス施策を立案し、アフターマーケットを新たな収益源に変えることができる。製造業の「モノを売る」から「稼働を売る」へのシフトを加速させる一手だ。
(出典:シーメンス https://press.siemens.com/global/en/event/siemens-hannover-messe-2026)
「電気」のようなインフラとなるAIに備える
2年前のCES2024でシーメンスは、インダストリアルメタバースを掲げ「AIで何が見えるか」を語った。今年のCES2026では、インダストリアルAI革命を提唱して「AIそのものが何をするか」を示した。そして、Hannover Messe2026では「そのようなAIをどう実装するか」のリアルな答えを提示しようとしている。
かつて、電気が普及した当初、どの企業が先に電化を進めたかで競争優位が決まった。今、産業AIという「新しい電気」のSカーブの起点に私たちは立っている。だが、先手を取るために必要なのは、最先端技術への投資だけではない。自社のデータを、AIが活用できる状態に整えることが、最初の一歩だ。

AIが「電気」のようなインフラとなる時代に必要なのは、活用可能な形に構造化されたデータだ(出典:シーメンス)
■ 製造業AIデータプラットフォーム®CADDi(キャディ)について( https://caddi.com/ )
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