抱えていた課題
CADDi による解決
「自分たちだけで悩まない」
2005年の入社以来、約20年にわたりデンソーのサーマルシステム事業グループでエンジンの冷却製品やサーマル(熱機器)関連の工程設計一筋に従事してきた、エアコンディショニングシステム事業部 エアコン機器製造部 将来工場戦略室長の大場氏は、ある危機感を抱いていた。それは「リードタイム(LT)短縮」と「余力の創出」という同社・グループにとっての2大課題であった。
まず、1つ目の「LT短縮」である。グローバルな市場環境の変化は待ったなし。特に台頭する中国勢との競争において、これまでの時間軸では通用しない。求められているのは、高品質な製品をより短いLTで提供することだ。開発LTを半減させ、創出した余力を未来の価値創造へ投資する。そのためには、これまでの仕事の進め方を抜本的に見直す必要があった。
しかし、現場は日々の業務に追われ、本来注力すべき要素技術開発や、顧客へのプラスアルファの提案に時間を割けない実態があった。「『余力の創出』が(2つ目の)喫緊の課題になっていました」と大場氏は振り返る。
変革のきっかけは、事業部長からのトップダウンによる号令だった。「自分たちだけで悩んでいても進まないため、外部との『壁打ち』が必要だと言われました」。社内紹介を通じて名前が挙がったのがキャディ。しかし当初、大場氏が抱いていた印象は「単なるAIスタートアップ」に過ぎなかったという。
大場氏
「正直、よく分かっていませんでした。キャディがもともとどのような事業を行っていたかも知らなかったので、数あるAIプロダクトの一つというイメージが強かったです」
その認識が一変したのは、実際に対話を重ねた時だった。
大場氏
「キャディがモノづくりからスタートしている会社であることは、私たちにとって大きなアドバンテージでした。製造業の背景をゼロから説明する必要がなく、会話がスムーズに進んだことは非常に大きかったです」
多くのベンダーと対話する中で、キャディだけが現場の悩みを正しく捉え、製造業特有の文脈を理解していた。このことが、製造業AIデータプラットフォームCADDiの実用化検証を進める決め手となった。
「目を背けてきた課題」を直視
また、本格導入のきっかけの一つとなったのが、キャディと行った深い対話だった。そこでは、2つ目の課題であった「余力の創出」について、あえて「耳の痛い現実」に光を当てた。
具体的には、後述のように、過去の設計変更や不具合対応において「なぜその結果になったのか」という経緯や文脈などの知見が「形式知」として十分に記録・蓄積されておらず、設計時に参照できないことが要因で手戻りが発生していたのである。
大場氏
「半分は、今まで目を背けてきた問題を直視するという、ある種辛いプロセスでした。『手戻り』の存在は誰もが薄々わかっていながら、『発生して当然のもの』として、それが問題であるという認識は希薄でした。しかし、キャディとの対話を通じ、そこを解決しようと上位職を含めた関係者が前向きになれたことで、非常に良い場になりました」
もしこの場がなければ、表面的な課題解決という「遠回り」をしていたかもしれないと大場氏は語る。この対話を経て、解決すべき課題の核心は「手戻りの削減」であると定義された。
この明確な指針の下、「事業部主導として取り組もう」と事業部長がオーナーとして号令をかけ、現場のリーダーたちとのワンチームの体制が構築された。
「期待以上」の成果を実現
現在、デンソーではCADDiを活用し、いくつかの検証を進めている。
特に、人の思考プロセスを形にする難易度の高い「工程FMEA(故障モード影響解析)の自動化」において成果が出始めている。「精度に関しては予想・期待を上回る成果が出ており、驚いています」と氏は顔をほころばせる。この成功体験が、「ここまでできるなら他のこともやってみたい」という現場メンバーの前向きな姿勢を引き出しているという。
過去に蓄積された文書から知見を抽出し活用する取り組みにおいては、CADDiが重要な役割を担っている。当初は、他社ソリューションもある中で、あえてCADDi上にデータを蓄積する意義について議論もあったという。しかし、結果は単なるツールの違い以上の意味があったことを示した。
大場氏
「単一のツールで知見を整理することで、働き方やプロセスそのものを変えられるという、真のトランスフォーメーションに向けた気づきが得られたことは大きな収穫でした」
そして、CADDiは、これまで属人化していた図面や技術資料といった「暗黙知」を、誰もがアクセス可能な「形式知」へと変換する基盤にもなる。一方で、その道のりは決して平坦ではなかった。過去のデータの残し方における課題──具体的には、既存のナレッジをデータ化しようとした際の情報不足や経緯の欠落という現実に直面したのである。
大場氏
「『なぜその結果になったのかという経緯が残っていない』。この気づきこそが、ネクストアクションへの貴重な財産となりました。このように、データの貯め方や記録の残し方に課題があるとわかったことが、次の一歩に繋がります」
実際、課題が明確になったことで、現場の意識も変わりつつあるという。大場氏は目下、「なぜその結果になったのか」という経緯を残すため、ワーキンググループ内から自発的に「追加のデータが必要だ」という声が上がるよう働きかけているところだ。
以上のように、CADDiが難易度の高い工程FMEA自動化を実現し、「暗黙知」を高精度に構造化して「形式化」された資産に変える。そして、設計者が過去の知見を活用できる環境を構築することで、手戻りを未然に防ぎつつLTを短縮するという勝ちパターンが見えてきた。
「自前主義」と「外部の知見」の併用
元来、デンソーには「自社内でできないことはない」という強い自前主義の文化がある。しかし今回は、あえて外部の力を借りる道を選んだ。
大場氏
「内部開発だとスピードに限界があります。実際、検証を早く回すには外部の知見を取り入れる方が効率的です。また、社外の最新状況を知ることは大きな刺激になりますし、いつも『他社と比べて私たちデンソーはどう見えるか』という客観的なフィードバックをくれるキャディのカスタマーサクセス(CS)は非常にありがたい存在です」
プロジェクトでは、難易度の高い自動化や高度な課題解決はキャディと共に取り組み、現場の細かな改善やツール作成は自分たちで行う「市民開発」として進める、という明確な切り分けを行った。
大場氏
「結局のところ、自分たちで作らなければ、使われずに終わってしまうツールも多いですから。このように、デンソーに脈々と受け継がれてきた『自前で改善していく文化』も並行して育てていきたいですね」
このハイブリッドなアプローチこそが、デンソー流のDX推進の鍵であった。
2030年、グローバルで1,000人分の余力を
現在進行中の実用化検証を経て、目指すゴールは明確かつ具体的だ。
大場氏
「現在取り組んでいる実用化検証は来年度中に効果を確認し、2027年度末までを一つの大きな区切りとして成果を出したい。そして2030年には、グローバル展開を含めて1,000人規模の効率アップを実現したいと考えています」
日本で作り上げたモデルを、中国をはじめとする海外拠点にも展開し、グローバル規模での「掛け算」の効果を狙う展望もあるという。
入社から20年。生産技術という枠組みを超え、全体最適を見据えた変革に挑む大場氏は、現在の心境を次のように語る。
大場氏
「以前は生産技術という枠の中で完結していましたが、今は全体を俯瞰して考えるようになりました。サイクルタイムのようにわかりやすいKPIだけで良かった時代は今や過去のものであり、『AIによるデジタル化』という測定しづらい取り組みにおいて、KPIの立て方から考えなければならないというようなことは、これまでにないチャレンジだといえます」
「『失敗を恐れず挑戦しろ』と入社時から言われ、『もっと技術を』と比較的何にでも挑戦させてもらってきました。CADDiを活用して創出した余力で、より価値の高い提案を行い、不具合を減らしてモノづくりの質を高める。弊社推進チームのメンバーとキャディの皆さんとで、その未来を作り上げていきたいと考えています」
失敗を許容し、挑戦させる文化の下、挑戦を続けるデンソー。キャディというパートナーを得て、その「モノづくり」は新たな進化のステージへと踏み出した。
大場氏
「世の中の最新動向を踏まえた視点や、CSからの客観的なフィードバックを引き続き期待しています。情報や気づきは私たちにとって貴重な財産ですから」
デンソーとキャディの共創は、AI活用による「余力創出」と「LT短縮」、そして、その先にある製造業DXという「価値創造」の新たなスタンダードを築こうとしている。
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