調達改革に取り組もう ~企業利益は調達で決まる~ 「開発調達/ソーシング業務強化プロジェクト」
調達 / 購買
1.調達パラダイム・シフト
~購入価格決定後の値引き交渉は困難になった~
2024年、コスト低減の常識が大きく変わりました。
昨年11月29日に内閣官房および公正取引委員会の連名で「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が策定されました。そして、2024年3月7日には、公正取引委員会は、下請け業者への支払代金を不当に減額したことが下請法(下請代金支払遅延等防止法)違反に当たるとして、大手自動車会社に対し再発防止を勧告しました。また同年3月15日にはサプライヤー企業からの価格転嫁交渉に適切に応じなかった企業10社の社名を公正取引委員会は報道発表しました。この10社が下請法の買いたたきや下請代金の減額、独占禁止法の優越的地位の乱用に違反したり、違反の恐れがあると認定したものではないと説明されていますが、この社名公表によって、企業の調達環境が「サプライヤーからの値上げ要求に対しては、これを受け入れること」が常識になりました。
これまで、「売価は上げられないから、利益を確保するためには、コストを低減するしかない。」とされ、既存サプライヤーに継続発注する際には、調達部門は「サプライヤーへコスト(購入価格)低減を要求する」ことが常識でしたが、現在は、健全な取引環境の構築という、企業の社会的責任がより厳しく求められるようになりました。
つまり、「サプライヤーへのコスト低減要求」から「サプライヤーからの値上げ要求受入」へと、調達環境が大きくパラダイム・シフトしました。これにより、購入価格決定後の値引き交渉は困難になりました。
2.開発調達/ソーシング業務の強化の必要性
~製品の開発設計段階や既存製品の新たな部品・原材料の調達段階で利益は決まる~
購入価格決定後の値引き交渉が困難になったということは、製品の開発設計段階、または既存製品の新たな部品や原材料を調達する段階でしか利益構造をつくることができなくなったということです。そこで、調達部門では、開発調達やソーシング業務の強化がこれまで以上に必要になり、そのための調達改革が現在進んでいます。
開発調達とは、新製品の開発設計に調達部門が参画する活動です。具体的には、製品仕様の企画構想段階からサプライヤーと連携し、要求仕様を満たす部品や原材料を調達したり、コスト低減や品質向上を図り、最適な仕様とコスト(購入価格)を作り込みます。
一方、ソーシング業務は、既存製品で新たな部品や原材料を調達する活動です。具体的には、必要な部品や原材料の仕様を決め、サプライヤーを選定し、価格交渉をして、最適な仕様とコスト(購入価格)を作り込みます。これによって、発注や納品、検収処理などの業務を円滑に進めることができます。
調達部門が企業利益に大きく貢献するためには、開発調達やソーシング業務をこれまで以上に効率よく、効果的に進め、製品の開発設計段階や既存製品の新たな部品・原材料の調達段階で十分な利益構造をつくる必要性があります。
3.開発調達/ソーシング業務強化プロジェクトの3つのポイント
開発調達やソーシング業務を効率良く、効果的に進めるにはどうすれば良いか。開発調達/ソーシング業務強化プロジェクト活動のポイントを3つ説明します。
(1)現状の問題把握と課題抽出
開発調達やソーシング業務を強化するための1つ目のポイントは、調達業務の現状の問題把握と課題抽出を正しく実施することで、その進め方は次の通りです。
- 調達部員全員の各業務とその業務時間を2週間から1か月程度の期間、集計し、また現状業務の問題・課題も収集します。
- 集計結果からパーチェシング業務とソーシング業務の比率を算出し、調達業務の問題把握と分析を実施し、ソーシング業務を強化するための課題を抽出します。
業務名とその定義を明確にしておくこと、その業務がパーチェシング業務かソーシング業務かを明確にしておくこと、関係者への業務時間集計調査の事前説明会を実施すること、集計結果を公表することが現状の問題把握と課題抽出にとって重要です。
パーチェシングとソーシングの業務比率の調査結果では、時間を掛ければ結果が安易に出やすいパーチェシング業務比率が70~90%の企業が多く、またソーシング業務の課題では、規程管理や組織体制、人材育成、コストテーブルなどが多くの企業で抽出されています。
(2)解決策➀文書管理
2つ目のポイントは、解決策として、開発調達やソーシング業務を強化した新調達業務プロセス規程や手順書、調達業務フロー図などの文書を作成し管理することです。製品の開発設計段階や既存製品で新たな部品や原材料を調達する段階で、必要な部品や原材料の仕様を決め、サプライヤーを選定し、価格交渉をして、最適な仕様とコスト(購入価格)を作り込むソーシング業務を調達業務プロセス規定で文書化します。またこれに伴い、調達方針、調達規程、調達行動基準なども見直します。
ソーシング業務プロセスの対象品目を絞ること、調達業務フローではサプライヤーや他部門も加えた図にすること、新調達業務プロセス規程では各作業ごとでインプット情報とアウトプット成果物、作業の責任者、調達品の品質・コスト・納期などの評価指標や運用方法、各種帳票フォーマット整備、情報発信などを記載することが重要です。
またコスト低減の計算方法(どのコストを使って低減額を計算するか)、調達月報や会議資料の目的やターゲットを明確にしておくことも必要で、調達月報や会議資料を調達プレゼンス(存在価値)の向上に役立てている企業も多くあります。
(3)解決策②新調達組織体制確立
3つ目のポイントは、解決策として、開発調達やソーシング業務プロセスを強化するための新調達組織体制を確立することです。目指す調達部門の姿を決め、組織の責任と権限を明確にし、そのためのグループや人員構成、グループの役割、成果物、評価指標などを決めます。目指す調達部門の姿が利益に貢献する「プロフィットセンター」なのか、利益には貢献しない「コストセンター」なのか、どちらを選択するかで調達構成人員の適正人数は変わってきます。多くの企業では、調達通過額(調達部門が発注処理する合計金額)や調達業務のコスト低減額(利益貢献度)によって、調達部門の構成人員を決めています。社外リソースを活用したビジネスモデルや事業・製品の多様化により、調達部門が取り扱う品目数や管理するサプライヤー数が急増し、見積書の依頼と入手、取引契約手続き、発注処理、納期管理といった必要最低限のパーチェシング業務だけで手一杯になっています。そのため、パーチェシングとソーシンググループに分け、業務を専任化させたり、パーチェシング業務を外部企業に委託し、社内リソースをソーシング業務に集中させる企業も増加してきています。
4.まとめ
調達パラダイム・シフトにより、購入価格決定後の値引き交渉は困難になりました。そのため、製品の開発設計段階、または既存製品の新たな部品や原材料を調達する段階までに、十分な利益構造をつくる必要が出てきました。そのため、調達部門では、開発調達やソーシング業務の強化がこれまで以上に必要になりました。そこで、開発調達やソーシング業務を効率良く、効果的に進めるために必要な開発調達/ソーシング業務強化プロジェクト活動の3つのポイント、➀現状の問題把握と課題抽出、②文書管理、③新調達組織体制確立について説明しました。この3つのポイントを参考に、プロジェクト活動を進め、調達パラダイム・シフトを乗り切っていただきたいと思います。
株式会社福原イノベーション研究所代表取締役社長兼 CEO 福原政則
1995年、株式会社日立製作所入社。研究開発部門で半導体技師、本社調達統括本部にて全社製品コスト競争力強化コンサルタントや海外集中集約購買、調達システム開発に従事し、事業体にて原価企画・部品標準化プロジェクト主任技師、製品開発コストマネージャ、全社原価企画戦略責任者等を務め、2011年から現職。総合電機、総合重工、医薬品、制御機器、総合食品、保守サービス、商社などの企業の調達改革等のコンサルティングおよび研修を実施し、支援実績数は350社を超える。